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novelsのブログ

お題にもとづいた短編小説やふと思いついた小説を不定期更新します

甘やかな異空間



こんにちは。お題にもとづいた小説を更新します。


今週のお題「海外旅行」

 


甘やかな異空間


わたしは「旅行」という言葉が嫌いだった。旅行=集団行動だと思っていたから、なるべく行かないようにしていた。「リョコウ」「ノミカイ」「コンシンカイ」「コウリュウ」はわたしの人生から排除すべき存在であった。それでも、避けがたいリョコウの機会がやってきた。

会社の社員旅行(景気が良すぎたのでバイトのわたしまで連れて行かれたのだ)でアメリカ、ラスベガスに連れていかれた。このときは完全なパックツアーだった。もう息苦しくてつらくて、どうやって逃げ出すかばかりを考えていた。集団から離れ、少しでも一人で過ごす時間を作ることに専念していた。

「若いのに、暗い」ととんちんかんな評価をわたしにくれる社員たちとは、一緒にいたくなかった。わたしはたぶん、あなたたちの誰よりも明るいはずだ。一人でいるときは。

親のすすめで入った会社は、そこそこ優良企業だと評判のようだが、わたしの目にはハキダメのようにしか見えなかった。


ラスベガスの夜。わたしはホテルに帰ってからひとり、部屋を抜け出した。ホテルの近くにコンビニとバス停があった。うす暗いラスベガスの街のそこだけ喧騒を逃れたような場所。わたしはバスに乗る予定もないのに、コンビニでコーラを買い、バス停の待合イスに座った。

オレンジ色の空に黒い影がおちるラスベガスの夕暮れ。


待合イスには先客がいた。70は超えているであろう初老の男性。彼はわたしが腰掛けて深呼吸したころあいで話しかけてきた。英語は宇宙語のように聞こえた。その言葉はまったく理解できなかった。それを理解したのか、彼は「ジャパン」「ハウ オールド」などの簡単な言葉を並べる作戦に切り替えた。

頭の中に眠っていて、一度も使ったことがない英語というものを、人生で初めて使う機会がやってきた。ツアーで社員旅行なんてしていても、英語は使う機会がない。この初老の男性が、おそらくわたしが人生で初めて英語で会話をした相手ということになる。

手に持っているコーラも話のたねになった。わたしはホテルから逃げてきたこともぜんぶ話してしまいたかったが、それを話すだけの英語は知らなかった。ぬるくなったコーラで「伝えたいのに伝わらない」もやもやした気持ちを流そうとした。

赤子を相手にするような彼との優しい会話は続いた。バスはちっとも来る気配が無い。もしかしたらこのバス停にはバスは来ないんじゃないかと思った。それに気づいた瞬間、その場所そのものがリョコウとか日常とかからパツンと切り離された異空間のように感じて、すこしこわくなった。わたしは赤子のような英語で彼に「バイバイ」と彼に告げてホテルに戻った。異空間からホテルまでの道のりは、記憶からすっぽり抜けているかのように、見事におぼえていない。



ホテルに戻ったら、みんながわたしを探していた。コーラのビンを持っているのを見つかり、「コーラが欲しいならわたしに言ってください!」とツアー担当者らしい人が目を吊り上げていた。違うんだよ。わたしが欲しいのはコーラじゃない。あの時間だったんだよ。わからないかなぁ。わからないよなぁ。ふふふ。

「何笑っているの? 添乗員さん心配してくれたのよ? コーラはお部屋の冷蔵庫にも入っているじゃない」
社員の女性がわたしに詰め寄る。冷蔵庫のコーラとあのコンビニで買うコーラの味が違うことをこの人は知らない。コーラを手に入れるまでのプロセスが楽しくてコーラを買ったこともこの人はわからない。言ってもわからないなら一生言わなくていい。この件はもうこれでいい。

わたしは「理解能力が低い」とみなされたようで、その日から「ここに、30分後!」とわたしにだけ添乗員の念押しが入るようになった。馬鹿扱いされるのは慣れているので、その念押しを耳が痛いふりをして、聞こえていないふりをした。添乗員のイライラがMAXに到達するのを見るのは、それはそれでおもしろいことのように思えた。このくそつまらない社員旅行に足を運んでやったのだから、少しは面白いものを見せろよ。仕事だろ?



その後もアメリカでは、Tシャツ売りのおじさんとハーレーダビッドソンのTシャツについて英語で話してもらってその響きを楽しんだり(英語は音としておもしろい)、知っている単語が聞き取れるという事実を手探りでみつけて喜び、社員リョコウは終わった。

やっぱり旅行はつまらないなと思った。当時の常識として、女は一人で旅行するものではないという風潮があった。一人旅は自殺と思われるから泊めてくれないなんていう常識さえ、わたしの住む片田舎ではあった。

息が詰まる日常を苦虫を噛み潰した顔でただこなしていく。

刺激が欲しいけどもうあのバス停にはいけない。わたしは日本から出られないことを前提に、あのバス停みたいな異空間を探し回ったんだ。




やっとみつけたそこは、オレンジの夕暮れじゃなく、薄暗いラブホテルだった。

そこは男性が女性をお金で買う、異空間。初めて会う男性に、望まれれば生殖器を見せたり、触らせたりする場所だ。からだへの刺激は充分すぎるほどに毎日もらえる。刺激をもらって反応しない女性は人気が出ない。刺激をもらったら、本能のままに感じればいい。気持ちよくさせてもらった分だけ男性にきちんとお返しをすればいい。まだまだ心への刺激は足りない気がしたけど、体への刺激は充分だった。

もう二度と、一日同じ人と仕事をする「会社」で働きたくない。わたしは、自由がほしいんだ。だからここで体に充分すぎる刺激がもらえる仕事をする。絶頂に達する瞬間、そして男性を絶頂に導けた瞬間、わたしのこころは誰よりも自由によろこび、生命の意味をかみしめている気持ちになった。


あのバス停の老人は、いまのわたしを見たらなんて言うだろうか。


あのときのわたしは、たぶん10代に見えただろう。「オフィスワーク」という言葉で、わたしがもう働いていることを知った彼は少し驚いていたな。今のわたしはオフィスワークじゃないよ。セックスワークだ。この世のどうしようもない部分を集めたような場所がわたしのお気に入りだ。

この世の中には、どうしようもない人がどうしようもなくて集まってくる場所があるんだ。その場所を大人は「絶対に行ってはだめ」「あんな場所にいく必要はない」というタブーを表現するとき特有の、わかりにくい表現で表した。

誰も、「どうしてあの場所に行ってはだめなのか」を教えてくれなかったから、震える手で電話をかけて、震えるからだで初めての仕事をして、そうやってこの場所がどんな場所なのかを「からだで」覚えていった。


仕事場へ向かうときは電車を使ったが、帰り道はバスを使った。何人もの男の欲望を受け取って自分の中で浄化する作業は、ひとりでするのがいい。だから帰りはバスだ。ひとりでバス停に座ってバスを待ち、じっと何も考えずにそこにいる。流れる景色は無常にとおりすぎていく。夕刻のバス停。こどもの手を引くおかあさんや学生、まだこれから会社に戻るようすのサラリーマン。

バスが来る。3段あるステップをむりに履いているミュールでふみこえ、バスの中に入る。そこはまた異空間が広がっている。一番後ろの席にすわって、ふりかえる。バスを掃除する道具がある。いつもとおなじだ。窓越しの街はさっきとかわらない。日常を、日常として受け入れている人たちの群れ。


対するわたしは、きょう一日で絶頂に達した回数を頭の中でぼんやり考えている。わたしは本気で絶頂を迎えている(演技をしない)から、一日で10回以上絶頂に達することがある。その瞬間を見るのがすきだという常連さんもいる。今日はたしか6回絶頂を迎えた。どの瞬間も頭の中で花火が上がるように激しく、快感にふるえていた。今こうして思い出しても、どの瞬間も最高だった。初めて会う男性を本気で愛せることは、才能のひとつだと思った。

今のわたしは、快感狂いかもしれない。どこか、おかしくなっているのかもしれない。

 

もしもあのとき、あのバス停に行かなかったら、わたしは日常を日常として受け入れられていたのだろうか? それとも別の異空間が、また別の機会にわたしを手招きしたのだろうか? 

考え始めたが、やめた。わたしには今の生き方がすべてだ。つまらない繰り返しはひとつとしてなく、刹那の優しさで人を癒すこの仕事が大好きだ。こんな素敵な仕事があるなんて大人は誰も教えてくれなかった。そうか、高収入で楽しい仕事だから、みんな誰にも教えたくないんだね。ふふふ。

バスはゆっくりと走り出し、仮の住まいとしているわたしのアパートに向かって少しずつ前に進んでいく。帰りにスーパーで納豆と卵とりんごを買おう。たべるものは最小限でいい。余分に買うのは美しくない。明日出勤したらあさっては休みだ。日帰りで温泉に行こう。最高のコンディションで男の人を癒すのがわたしの仕事なのだから。

わたしの心はこれ以上なく平和であたたかかった。毎日からだに与えられる甘やかな刺激と、毎日心に与えられる定期的な緊張と弛緩で、わたしをつつむ世界は夕焼けの色そのものの、美しいオレンジだった。


☆おわり☆


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