novelsのブログ

お題にもとづいた短編小説やふと思いついた小説を不定期更新します

【納涼フェスティバル参加作】トイレ無限ループ

 





こんにちは。novelsのブログへようこそ。

夏らしい、ちょっと怖いお話しにチャレンジしました。
よろしければお付き合いくださいませ。


迷いましたが、こちらも納涼フェスティバルに参加させていただこうと思います。

novelcluster.hatenablog.jp


よろしくお願いいたします。





トイレ無限ループ


 星野美雪は一人暮らしを始めて二度目の引越しを決めた。何件か物件を回ったが、エレベーターの無い五階建てのその物件は、驚くほどに条件が良かった。


 最上階角部屋で目の前を川が流れており、最寄駅からは驚きの徒歩一分。(階段をかけおりる時間は含まない)美雪の働く「オジサンの街」と呼ばれる都心の駅までも電車で直通二十分。便利だ。
 美雪は「オジサンの街」にあるオフィスでコールセンターの仕事をしている。肩まである髪はダサくない程度にカラーリングし、コンプレックスの丸顔を隠すためにメイクはしっかりとしている。美人ではないが今風、という言葉が美雪にはぴったりだった。

 家賃は2DKで六万円という破格。安さの理由を不動産屋に聞いてみたら「エレベーターが無いから借り手がつきにくい」とのことだった。なるほどと納得し、美雪はその部屋を契約した。二十代後半で貯金もしっかりしたい美雪にとって、その部屋は魅力的だったのだ。引っ越してすぐ、階下の四階角部屋に住む管理人に挨拶に行った。家主の親戚だというその男は、三十台代半ばの、薄暗い部屋で何をしているかわからない不気味な人間だった。



 美雪の生活は都心に近くなった分、充実した。それまでは都心に出るのに一時間半かかっていたので、休日に街へ出ることはほとんどなかった。美雪の休日といえば、掃除と洗濯、少しの読書で構成されていた。しかしこの引越しを機に、休日は人がたくさん集まるターミナル駅でウインドウショッピングをしたり、身軽に出かけるようになっていった。

 半年を過ぎた頃、美雪は男関係にだらしなくなり始めた。久しぶりの男友達と飲みに行くと、高い確率で一夜をともにしてしまう。今まではこんなことはなかったのに、おかしいなと思いつつも、惰性でそのままの生活を続けた。よく遊ぶ(体の関係含む)男友達から、ハプニングバーに行こうと誘われたこともある。興味本位で行ってみたら乱交に巻き込まれて、美雪はその日だけで四人の男と性交した。自分でも淫乱を自覚し、美雪は自分に自信がなくなっていった。


 迷いの中、ある占い師に、引越しを機にそのような状態になったと相談すると、

「そこに元々いる霊と呼応してしまうことがときどきあるのよ。それが悪い霊だと人間に影響も与えるわ」

 という答えが返ってきた。どうしたら良いのかと答えを請うと、

「相手にしないこと」
「自分の意識をしっかりと持つこと」
「それでも負けそうな時にはその場を離れることよ」

 とのことだった。美雪は、あと半年か一年で引っ越そうと心に決めた。それまでは自分の意識をしっかり持って頑張ろうと思った。



 ある夜、美雪はどうにも寝苦しくて寝付けなかった。何度寝返りを打っても眠れない。時計を見ると夜中の二時だった。ふと、尿意を覚えてトイレに行って用を足そうとするが、なにかがおかしい。バス・トイレ別の美雪の部屋のトイレは、ウォシュレットの無いシンプルな洋式だ。トイレの中に洗面台がついており、鏡がある。

 トイレに入り、排尿しようとするその瞬間、「自分はまだベッドにいるのではないか」と疑いを持った。尿道をきつく締めて意識をはっきりさせる。気づくと自分は枕に頭を載せていて、ベッドにいるのだった。排尿してしまわなくて良かった。今度こそトイレに行かなくてはならない。

 何度か目をしばたたかせ、トイレまで歩く。自分の意思でここまで歩いてきたことを実感し、今度こそと尿意を高めていざ排尿…。また美雪は不安になり、自分の頬を痛いほどに何度も叩いた。杞憂は現実だった。やはり意識をはっきりさせるとベッドで寝ている自分が目を覚ますのだ。これを何度か繰り返しているうちに、美雪は恐怖を感じた。何かいやな世界の入り口のように感じた。

 トイレのループが九回目を超えた時、美雪は金縛りにあってしまった。ベッドで金縛りにあい、動けない。人生で初の金縛りだったが、美雪はかえって安心した。尿意は我慢できない方ではない。仕事柄、トイレにすぐ行けないことなどざらにある。もうトイレは我慢してしまおうと思った。ここがトイレなのかベッドなのかわからないループはいやだ。もう面倒くさい。このまま金縛りに身を任せて眠ってしまおう。美雪は目を閉じた。


「手放したな」


 どこかで太いようなしゃがれたような声が聞こえた気がした。美雪は金縛りを理由に眠ろうとしていたので、さして気にも留めなかった。きっと気のせいだ。


 翌朝、金縛りも解けて動けるようになっていた。美雪は朝の習慣でトイレに行き、用を足した。はちきれんばかりの尿がたっぷりと放出され、すっきりとした気分になった。しかしそれとは逆に、頭の中心にもやがかかったような、すっきりしない気持ちがある。

 排尿を済ませ、トイレの中にある洗面台で手を洗う。洗面台の鏡を見る。鏡に映る美雪の背景には、朝だというのに全体に暗雲が立ち込めており、美雪をつつむようにどす黒い空気があたりを漂っていた。美雪の肩の上には、ひときわ黒いかたまりが鎮座しており、簡単に離れてくれる気配はなかった。

 


 一週間後の早朝、美雪の部屋のまわりに警察とテレビ局、野次馬が集まっていた。

「ただいまS区の事件現場に来ております」
「殺害されたのはK県在住の三十台の男性、同じくK県在住の二十台の女性です。警察では現在、三人の関係を探っています」
「現場から中継でした。男女を殺害した容疑で逮捕されたのはS区の星野美雪容疑者です。容疑者は、犯人はわたしじゃない、と繰り返していますが、現場には凶器と見られる包丁が残されており、他の人物が立ち入った形跡はなく、現在動機を探っています」

 

 占い師はテレビを見ながらため息をついた。占い師は同じ職業の夫に話す。

「あの子だわ、私甘かった。きっとあの子、憑依されたんだわ」
「きみ、この子を視たのか。そのときはまだ完全に憑依されていなかったのか?」
「ええ、明らかに土地の悪い霊の影響を受けているのはわかったの。だけど取り憑かれてはいなかったのよ。何か呼応するような出来事があって、完全に取り憑かれてしまったんだと思う。もう取り返しがつかないわ!」
「呼応のタイミングを、あいつらは簡単に作ってくるからな」

 占い師は夫の胸に崩れ落ちた。

 

 取り調べ室。美雪は必死で自分は殺していない、と繰り返す。しかし同時に不可思議な感情に支配されていた。

「積年の恨みが晴らせた」

 という得体の知れない満足感。それが何なのかはわからないが、あの黒いかたまりが見えるようになってからの行動を、美雪はほとんど覚えていない。覚えていないのに、どうやってあの男女を部屋に呼んだのかを聞かれるとすらすらと答えられるのだ。美雪は半ば操られるようにふたりを殺した。


 美雪を守ってくれるのはせいぜい精神鑑定による異常での減刑だ。この世界にはたくさんの恨みつらみが飛び交っているというのに、それに取り憑かれて行ってしまった殺人を弁護してくれる法律はまだない。美雪に取り憑いていた黒いものは、二人を殺し終わるとすぅっと姿を消してしまった。

ぼうっとする頭の片隅で

「これからあの部屋に住む人は、いいな。事故物件だからわたしより安く入れるんだろうな。しかももう、何もいないんだよ。だって“あれ”はもう完全にわたしと同化しているんだもの」

 美雪は自分の運の無さを嘆くようにくすくすと笑い続けていた。


☆END☆


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