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novelsのブログ

お題にもとづいた短編小説やふと思いついた小説を不定期更新します

死へ向かう階段

 





死へ向かう
階段

 

 

右の乳房が痛い。

わきの下から乳房にかけて、ズキズキと痛みが走る。もともと少しの違和感はあったけれど、とうとう明らかな痛みを感じるようになったので、人間ドッグの予約を入れた。予約の電話があまりに手際が悪くて、こんな電話応対の病院であたしのガンが発見できるの? とディスってやりたい気持ちになったけれど、待たされるのは嫌だからその病院で検査を受けることにした。


検査は1か月半後ということだった。急を要さない人間ドッグなんてかなり先まで埋まっているものだ。そのあいだに発症して死んだらどうするつもりなんだろう。別にかまわないけど。


あたしが死を覚悟したのは人生で3回。


1回目は小学生のとき、酒に酔った父にベランダから突き落とされそうになったとき。マンションの9階だからたぶん死ぬ。2回目は20代前半で誰彼構わずセックスしていて、性病検査に行ったとき。エイズ検査も受けなさいと言われ、エイズについて調べていたらあたしは充分かかっている可能性があった。検査を受けるまで、あたしは「陽性だったら死ぬんだ」と半分死んだ気持ちで生きていた。3回目は20代後半でバイク事故やったとき。地面に倒れたとき、死んだと思った。


今度は4回目。


あたしは死ぬのがあんまり怖くない。死ぬよりめんどくさいことが世の中には多すぎるから。正直、あたしのアタマじゃ処理しきれないことが世の中には多すぎて。それを無理して処理し続けながら生きてくくらいなら、死んじゃった方が楽だろうってよく思う。だから、あたしは死ぬことをそんなに恐れてない。


もし、今度の検査で乳がんが見つかったら、世界を旅することに決めている。行ったことのない国へ行って、見たことのない景色をみて、食べたことのない食材を料理してみたりして。ちょっとお腹壊したってかまわない。それもまた旅の醍醐味。


そうやって死ぬ前の世界旅行を楽しみにしているあたしの心にはもう羽が生えていて、むしろ明日何時に起きなきゃとか考えてる仕事してるときのあたしより数倍元気で、生きることと仕事との関係性を、悪い頭でうーんと考えてみたりする。一瞬だけど。


眠る前の時間。


あたしはいつものように右の乳房に触れてみる。やっぱり違和感がある。固くて、痛い。でも、やさしく乳房をなでていると、べつの感情がわいてくる。それは性と愛とが混ざった感情。


あたしには、抱いて欲しい人がいる。これは誰にも言っていないけれど、その人はいつもあたしの夢の中に出てきて、あたしを抱いてくれる。ある時は冷たくしたりもする。いわゆる恋人みたいな妄想してるわけ。その人に、この右の乳房を優しく愛撫して欲しい。病気の事なんて彼は知らなくていい。ただ、彼のしたいようにあたしを愛撫してくれたらいい。その瞬間、あたしと彼は溶けあえるはずだから。



あたしは死へ向かう階段を怖いとは思わない。それより、今この瞬間彼に抱かれたい。


彼が抱いてくれないのなら、別の誰かでもいい。誰でもいいから抱いて欲しい。求めてほしい。あたしを必要としてほしい。


死へ向かう階段を上っていることすら忘れさせてくれるような甘美な夜があれば、日一日と死へ近づいていることなんて、あたしにはどうでもいいことだから。


少し痛む右の乳房に左手を置いたまま、あたしは右手で器用に携帯電話を弄り、近日中にセックスできそうな男にかたっぱしから電話をかけた。






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