【弟9回】短編小説の集い 参加作 「あの瞬間を胸に」
こんにちは。【弟9回】短編小説の集い に参加させていただきます。
初参加です。極限まで緊張しながらの投稿です。
初心者のため、ほぼ自分の経験を文章にしている感じです。
アドバイス等、ぜひお願いいたします。
お読みいただけたら幸いです。(一人称ゴメンナサイ)
お題:雨
あの瞬間を胸に
どうやったらあいつに好きになってもらえるのだろう? 目下の悩みだ。
あいつは学校でも有名な人気者だ。背は160センチくらいで男子にしては小柄。短髪黒髪で顔にはそばかす。お世辞にもハンサムとは言えない顔立ちだけど、自信にあふれた表情でいつも笑ってる。中一から中三の今までずっとバスケ部、今は副部長をしてる。あいつのまわりにはいつも人が集まってる。
中三でクラスが一緒になり、偶然にも二回連続で隣の席になった。一回目のときは「よろしく!」ってあいつの方から距離を縮めてくれた。六月に入り二回目の席替えで、また隣の席になったときは「また篠田の隣だ、俺ラッキー!」と言われた。まわりから冷かされるのが面倒くさかっけど、またよろしくねって言ったら、心がじんわり、あたたかくなった。
わたしは特別美人でもなくて目と鼻がちょこんとついただけの顔。肩につく髪は黒いまま。勉強は普通でスポーツもまあ普通。小学校のときは太っていたのがコンプレックスだったが、中学に入ってするすると背が伸びて、今はひょろりとした体型になっている。(生理は中二のときに来ている)
初めてあいつを「男子として」意識したのは体育の授業だった。体育館で、男子がバスケをしていた。あいつは一人、際立っていた。動きがものすごく早い。相手チームの動きが止まってみえた。素早い動きの間中、楽しそうな笑顔をたまに見せる。相手チームをかわし、スリーポイントのラインで一瞬飛び上がり、ジャンプシュート。シュッという音をたててボールはネットに吸い込まれた。男子の歓声と「あーあ」という声が混ざる。
「淳(じゅん)いたら絶対勝てねーよ!」
バスケ部で鍛え上げられた淳のプレイにはついていけないようだ。
わたしはそのときから、病気になったように淳のことをこそこそと見つめるようになった。席が隣なので堂々と話すことも多かったが、そういう時はすごく素っ気なく、無表情になってしまう。もう普通に話せないかもと思った。
「篠田、それ好きっていうんだよ」
もやもやした気持ちを友達の京子に話したら、ふたつ結びの黒髪を弾ませながら、京子は明るい声でそう言った。京子はやさしくてお茶目で底抜けに明るい。ちょっとカニみたいな笑顔がかわいい。中二のときに一緒のクラスになって仲良くなった。京子といると自分も明るくなれる気がする。京子は「わたしは好きな人、いないけど、淳を好きになるのはわかる。あいつ、優しいもんね」と言ってくれた。そう、淳の優しいところもバスケ一生懸命なところも、ぜんぶ、すきなんだ。
六月も中旬を過ぎたころ、クラスは受験の空気が漂い始め、授業中に受験用の勉強を始める子もいた。わたしは、中学入学と同時にこの町に越してきた。そして中学卒業と同時にこの町を離れることが決まっている。高校はこの町から遠く離れた学校を受験することになる。受験戦争の蚊帳の外にいる気がした。秋にはみんな本格的に受験モードになるだろうから、そのときはみんなの邪魔にならないよう、好きな本でも読んで過ごそう、そんなふうに思っていた。
「今日は水泳大会の選手を決めたいと思いまーす! 立候補お願いします」
ある日の放課後ホームルーム。七月に開催される水泳大会の選手決めをしていた。陸上部や水泳部のガチなメンバーがまず名乗りをあげている。目立ちたくて立候補する層も手を挙げた。体育の授業とは別で、お祭り的に開催されるこの水泳大会は、半ばイベントのようなものだった。わたしは泳ぎがそこそこ得意だけど、注目されながら泳ぐのは恥ずかしいので黙っていた。
「自由形出てくれる人、誰かいませんかー?」
あと一人決まらないようだ。自由形(クロール)は各クラス精鋭が出る可能性があるので、みんな別の種目に立候補してしまったらしい。この状態になるともう決まらない。すでに別の種目に立候補している人が種目を変更したりしない限り、決まらないだろう。早く決めて帰りたいなあ。そう思ってそわそわしていると、隣の席から淳が話しかけてくる。
「篠田、泳ぎ得意だったよね? 出なよ! 応援するから!」
そう言ってニヤっと笑うと、さっと手をあげて
「俺、篠田さん推薦します! 本人もやるって言ってます」
なんとも強引な推薦の仕方だ。いいですか? と議長に聞かれ、早く決めたかったのもあり、わたしは「やります」と答えた。
「自由形の選手は篠田さんで決まりました! これで全員です!」
教室に安堵の拍手が起こって、ホームルームは終わった。
「なんでいきなり推薦したの?」
淳に少し怒ったように抗議すると、
「去年、別のクラスだったけど篠田、泳ぎ方キレイだったし、多分超速いでしょ」
一体いつ、見ていたというのだ。わたしは混乱した。このやり取りを聞いて、クラスの何人かが「夫婦喧嘩だ!」と冷やかしに来た。思春期の恋愛はきっと、こういう外野によってなかったものにされていくんだと思った。わたしはからかわれるのが嫌だったから、無表情を保ったまま「まーいいや。帰る」と言い教室を後にした。
うちのクラスはいいクラスなんだと思う。いじめだ何だと世の中は騒がしいけれど、うちのクラスは適度に明るく、適度に真剣で、適度にお互いの家のことも知っている。地方都市特有の距離感に、一定数の転校組が混ざることによって独特の居心地のいい場所になっていた。学力に関係なく友達グループができているのもいい。受験戦争が本格化する前に、クラスのみんなのために水泳大会でひとがんばりするのも、悪くないかもしれない。
水泳大会までのみじかい期間、選手は順番に、放課後の練習に参加した。練習は週に1~2回しか回ってこないけど、その時間は必死になって泳いだ。わたしは幼稚園から小六まで水泳を習っていたので、そこそこ速いと思う。けれど、他のクラスからどんな精鋭が出てくるかわからない。当日までに少しでも、勘を取り戻して、せめて恥ずかしくない泳ぎをしたい。
放課後の練習に十回近く参加して迎えた、大会当日。しかし天気は雨。ざあざあと降り続いている。今年の梅雨は遅いらしい。雨のにおいのなか、大会の延期を知らせる放送が響いた。
翌週も、雨は強く降っていて、今年の水泳大会はもう「延期」ではなく「中止」になった。教室には受験のムードが漂っており、中止について残念がるよりは「中止か」という納得ムードに包まれていた。わたしはすごく残念だったけど、みんなの前で泳がなくて済む、と、もやもやした気持ちをむりに納得させた。
放課後、水泳大会の行われるはずだったプールに行ってみた。相変わらず降り続いているざあざあ降りの雨の中、傘をさしてプールサイドに立つ。今日もし雨が降っていなくて水泳大会で泳いでいたら、何かが変わっただろうか? 勉強も運動も目立ったところがないわたしだけど、何か変われたのだろうか? 受験シーズンの前にひとつ、節目となるような水泳大会。わたしのなかではとても大切なものだったんだって思い知らされた。
傘を投げ捨てる。雨は白地のセーラー服をびっしょりと濡らしていき、布地が肌に張り付く。肩まである髪から雨が滴る。
この町に越してきて今まで、一度だって目立ったことはしてこなかった。淳の中のわたしはきっと「目立たない子」だ。それを変えたかった。このプールで泳いで、泳ぎきって、すべてを変えたいと思ってたんだ。
それが、かなわない。
「篠田!」
振り向くと淳がいた。さしていた傘を捨てて、こっちに向かって歩いてくる。誰かに見られたら嫌だ。わたしは後ずさり、プールの反対側に走る。淳はゆっくりと近づいてくる。淳は一瞬だけ空に目をやり、少し笑ったように見えた。
「来ないで!」
「何でだよ?」
「いいから来ないで!」
「……心配だったんだよ」
心配なんてされたくない。心配されたって何も変わらない。水泳大会は中止なんだ。この雨のせいで。空を仰ぎ見る。飽きることなく雨を落としてくる空は、白く高く遠く、わたしたちにはどうすることもできない力でもって、この町を雨という名の水で支配する。
「…負けるか!」
わたしはプールに向き直り、飛び込み台からきれいに弧を描くよう意識して飛び込んだ。一瞬冷たいと感じる水は、すぐに体温と同化してぬるい膜のように体を包み込んでいく。塩素のにおいがすきだ。水に触れる感じがすきだ。淳、わたしは淳がすき。
25メートルを泳ぎきり、顔を上げると淳がいた。
「お疲れ」
差し出してくれる手につかまってプールから上がろうとする。服は体中に張り付いていて重いし、水から上がった体が重く感じられてうまく上がれない。淳はかがんでわたしの腰に手を回し、抱きかかえるようにして引っ張ってくれた。
わたしの中の何かが崩壊した。
淳にぎゅっと、抱きついた。しゃがみこんだまま体を密着させ、息を整える。顔が見えないから、いつもより話せそうな気がした。
「……泳ぎたかった」
「うん」
「思い出が欲しかったし、淳が、応援してくれるって言ったから」
「うん」
「……あのね、わたしずっと」
息を吸い込む。消毒液のにおい。雨は降り続き、服の中にしみこんだプールの水を追い出し、わたしたちを雨に染めようとしている。いいたくて、いえない言葉がのどの奥でかたまって、出てきてくれない。変な姿勢で固まったまま抱き合っている淳が、座りなおして、息を吸う音が聞こえた。体を離して、目が合った。
「篠田、俺は篠田のこと、好きだよ」
「えっ」
「何で驚くの?」
「それはないと思ってた」
「何で?」
「淳……人気者だし、わたしは何も、目立つこととか無いし」
淳は笑った。だいすきな人が目の前にいる。
「顔見ると話せない?」
「……話しにくい」
顔ごと目をそらしながら、答える。
「……そろそろ慣れようよ」
「むり」
「わかってるけど、言って」
「何を」
「俺はちゃんと言ったよ」
「……そうだよね」
淳はもう一度ぎゅっとわたしを抱き寄せた。耳元でささやく。
「これなら言える?」
「……うん。……あのね、ずっと、すき、だった」
雨が後から後から前髪を伝って目に入る。泣いているかどうか自分でもわからない。ただ、熱い気持ちが目のおくに集まってきているような気がして、淳の肩に顔をうずめた。
この日、こんなたどたどしい告白から、あたらしい日々が始まった。
その日は結局、わたしはジャージに着替えて家に帰り、淳はずぶ濡れのまま体育館に行って部活に出た。その翌日から、なぜかわたしたちは公認カップルになっていて、卒業までずっと一緒にいた。ぎこちない関係から仲良しカップルになった。
卒業式が終わると、わたしはその足で新しい土地に向かわなければならなかった。クラスのみんなに泣きながらさよならを告げた後、淳が追いかけてきた。わたしより少し背が高くなった淳。おとなになってもずっと一緒にいたい淳。手をつないで歩く、駅までの道。
「わたし、この町が好きだよ」
初めて人をすきになった町。初めて誰かに「すき」って言えた町。あたたかくて、優しいひとに囲まれて過ごした大好きな町。あの雨の日のプール。あの瞬間を胸に抱いて、これからも進めばいい。何があっても、あの瞬間はきっと、永遠にわたしのたからものだ。
涙が止まらなかったけど、精一杯の笑顔で「またね!」って手を振り、わたしは駅の構内へと駆け出した。
☆おわり☆