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novelsのブログ

お題にもとづいた短編小説やふと思いついた小説を不定期更新します

【第10回】短編小説の集い参加作「ひみつの花園」




こんにちは。貫洞です。二回目の参加をさせていただきます。

前回、初めて人に自分の小説を読んでもらいました。主催者様、参加者様の感想がとても丁寧で、アドバイスも頂き、強く感謝しています。今回から、わたしも「皆様の小説の感想を書く」ところまで参加したいなと思います。


では、よろしくお願いします。
 

novelcluster.hatenablog.jp

 



ひみつの花園

「派遣会社プロチュアを退職しました」

 われながら流行に乗ったタイトルだと亜由子は思った。今日のエントリはきっと、ブログサイトのトップに掲載されるだろう。7月のPVは20万いくかもしれない。亜由子はayuというペンネームでブログを書いていた。「20代女性のリアルな日常」の描写が妙に生々しく、開設一年目にして、ちょっとした人気ブログになっていた。亜由子を模して描かれた、ロングヘアをきゅっと一つに束ねてにんまり笑ったイラストのアイコンも好評だった。

 派遣会社プロチュアは、その名の通り、未経験者でも自社の独自研修でもってプロとして働ける、高時給が得られることを売りにしている異色の派遣会社だ。派遣会社だが面接は厳しく、泣きながら研修を受けるスタッフもいる。その異色さからメディアにも取り上げられ、知名度も高かった。しかし営業の仕事は激務であり、亜由子は心身ともに疲れ切り、入社四年目にして退職を決めたのだった。

 
「わたしは本当はライターとか小説家とかになりたかったんだ」

 亜由子は化粧をしなくても長いまつげを伏せて、つぶやく。ブログだってこんなにたくさんの人に読んでもらえているのだ。きっと私の天職は「書く」ことだ。まずはゆっくり休んで、それからものを書く仕事に就こう。


 亜由子は旅に出ることにした。海外は怖いから国内、あたたかい場所ということで宮崎県へと向かった。ホテルは一泊四千円も出せば温泉付きの綺麗なところに泊まれる。街は人口のわりに繁華街が密集していて便利だ。そして食べ物がすごく美味しかった。東京にも美味しいものはあったが、それはとても高いお店ばかり。宮崎は安くても美味しいものが食べられる。亜由子は宮崎をすっかり気に入り、しばらく滞在を決め込むことにした。

 当初は夕食をラーメンやうどんなど、入りやすいお店で済ませていたが、やがて居酒屋にも一人で入っていくようになった。亜由子はほどほどにお酒が飲める。孤独のなんとかという番組の影響もあって、一人客は意外に多いのだ。

(美味しい! 鶏も豚も牛も、肉の味自体が違う気がする。……わたし、グルメライターになってもいいかな)

 亜由子は心の中で食べ物の味を文字にして描写していった。これは亜由子が一人で食事をするときの癖になった。

 亜由子はある居酒屋を気に入り、何度か通っていた。カウンター席で、何度か顔を見たことのある五十代の男性から話しかけられた。どこか哀愁漂う雰囲気ではあるが、白髪交じりの頭髪は整えられ、日に焼けた肌が健康的だ。物腰も柔らかく身なりもいい。会話の内容も、あそこの海がきれいだとか、どこの何が美味しいとか、旅行者の亜由子にとって楽しい話ばかりだった。一人で飲み食いするのにも飽きていたので、亜由子は男性との世間話を楽しんだ。


「……この季節なら、まだ間に合うかなあ」
 少しの沈黙を破って、男性はぽつりとつぶやいた。
「何かあるんですか?」
 亜由子は身を乗り出した。胸まである黒髪ロングが揺れる。

 男性はうーん、と少しあごを突き出して何か考え、ひとつ頷いて話し始めた。少し不便な場所だが、天国と見まごうばかりの美しい場所があるということを。その場所はちょうどこの夏の時期、赤と黄色と青の花が咲き乱れるのだという。それだけの景観を持つ場所は日本にそうそう無い。そしてその景観を守るため、外部の人を呼ばないようにしており、マスコミも観光客も、誰も知らない場所なのだそうだ。もちろん亜由子も、そんな場所があることすら知らなかった。ガイドブックを何冊か読んでいたが、載っていた記憶はない。

 亜由子は男性の話を聞きながら、その場所を頭の中で文章にしていた。

「眼下に広がる一面の小さなピンクの花と菜の花の黄色、ネモフィラの水色。あるところは整然と、あるところは混在していて、この世のものと思えないほど美しい」

 ……情報が足りない。もっと心揺さぶる文章が書きたい。そのために、どういう景色なのか、この目で見たい。きっとまだ誰も知らない情報だ。あわよくば「ひみつの花園」というタイトルで記事を書いてもいい。「ayuさん、ここどこですか?」「きれい! ayuさんと同じ景色が見たーい!」そんなコメントが咲き乱れる様子を想像して、亜由子はにんまりと顔だけで笑った。明日にでもその場所へ行きたくなった。

 男性は亜由子に、絶対に公開してはだめだよ、と何度も念を押した上で、手元にあったチラシを裏返し、電車とバスの乗り継ぎだけを書いた。そこから先は道順を口頭で教えてくれた。

「ひみつの花園だからね。絶対に公開してはだめだよ

 男性は右の口角を持ち上げてそう言った。何度か言われたが、最後の念押しのときにふと、公開、の発音が宮崎なまりに変わった。「こうかい」の「こう」の方にアクセントが置かれるのだ。誰にも言わないから、と頷いた亜由子は、さっそく翌朝出かけることに決めた。


 地元の人しか行かない場所だけあって、電車とバスを乗り継ぐだけでも一苦労だった。明け方にホテルを出たのに既に日は高い。でも、観光客が行かないような場所、それも絶景スポットに自分は向かっている。亜由子は高揚する気持ちをおさえて、男性の言葉通りに歩みを進めていった。(確か、最初の二又を右折して、大木を通り過ぎたら急な上り坂。ここを登りきったらあとは一本道……)ふうふう息を切らせながら急な坂道を登った。登りきった亜由子は、暑さと疲れで日陰にあるベンチに座り込んだ。ここからまだ一時間以上歩くのだ。少し休んでおいたほうがいい。

 駅で買ったペットボトルのお茶を口に含む。ぬるくなっている。それでも渇きが癒され、亜由子はふう、と落ち着いた。

「ここまでの道順をメモしておこう。早くひみつの花園が見たい」

 そこへ一台の白いワゴン車が通りがかった。いかにも家族連れが乗るような車だ。たくましくてやさしそうな男が運転している。助手席には目深に帽子を被った女性、おそらく奥さんだろう。ちらりと見える紅の色が美人であることを物語っている。後ろの窓からはビン底のように厚い眼鏡をかけた男の子が一人、顔をのぞかせている。車はゆっくりと亜由子の近くで一時停止した。眼鏡の男の子が窓を開けて話しかけてくる。

「おねえちゃん、まいごなの?」
「まいごじゃないよ、暑いからひと休みしてるんだよ」
「おねえちゃんも、お花を見にいくの?」
「えっ? うん! そうだよ!」

 そこまで話したところで運転席からバンという音がして、父親らしき男が降りてくる。

「地元の人間以外でここに来るなんて珍しいね。おしゃべりなオッサンにでも聞いたんか?」
「あ、はい。市内の居酒屋で聞いて、来ちゃいました」
「ここからあと10kmはある、歩いたら二時間以上かかる。行く場所は同じなんだし、乗っていきや」
「おねえちゃん、後ろ広いよー!」

 亜由子は少し迷ったが、ここからはただ一本道を歩くだけと聞いている。この暑さの中、10kmを一人で歩くより、ここは甘えよう。

「お願いします」

 亜由子は頭を下げ、後部座席に乗り込んだ。男の子は後部座席に備え付けのディスプレイでアニメのDVDを観ていた。一緒に観ようとねだってくる。外の風景を見る暇もないほど、男の子は亜由子に甘えた。視力が悪いらしく、DVD画面に顔を近づけて観ていた。


 30分程走った頃だろうか? 車はゆっくりと速度を落とし、停車した。見回しても花園という雰囲気ではない。山道の中にある小屋の前、だ。なぜ今まで気づかなかったのだろう? 男の子が執拗に甘えてくるから、外の風景に気を配れなかった。

 木々が多いためか、昼間なのにそこは暗い。亜由子は背中がゾッと冷えるのを感じた。ここは花園ではないと本能で察した。亜由子が呆然としている隙に、助手席の女性は男の子を連れてサッと車を降り、走って小屋の裏手に去っていった。男の顔はもう、やさしそうには見えなかった。亜由子はこれから自分がどうなるのか、そしてここが日本のどこなのかも理解できないまま、ただただ震えていた。


 
 

 市内の居酒屋。亜由子にひみつの花園の話をした男性は、カウンターでため息をついていた。男性は、その居酒屋で毎日酒を飲み、足が付かなさそうな女性を花園に送り込むことを生業としている。一人花園に送り込むと、三十万円という金額が男性に入る仕組みだ。居酒屋の代金はいつどれだけ飲み食いしても無料だ。夕方の店内、居酒屋にはまだ客はおらず、大将と男性の二人だけだった。

「なあ大将、今日行った子、何年くらいでシャバに戻れると思うか?」
「ん? 何だ気にしてるんか。自分で行かせといて」
「あれやろ? 最近は手足切り落とすのはやめとんやろ?」
「ん、ああ。需要が無いんやと。それよりきちんと話して、一定金額稼いだら帰っていいから頑張ろうって励ましながら働かすんやっと。真面目に働いた女は、ちゃんと金も握らせてシャバに帰してる。……警察に駆け込みそうな女は、足の筋切って一生あそこに住まわせるらしいけどな」

 そうかぁ、と力なく返事をして、男性は亜由子との会話を思い出す。素直ないい子だった。できることなら止めてやりたかったが、これも仕事だ。片足を突っ込んだら抜けられない種類の、仕事なのだ。




 同じ頃、亜由子は泣きはらした目で男たちから説明を受けていた。ひみつの小屋の存在理由は、客である金持ち連中の欲望を発散させることだ。反抗的な女は手足を切られる。素直に、真面目に客の相手をしていれば、二、三年でそこそこの大金を持ってここから帰してもらえるそうだ。警察に駆け込むようなことは考えないことだと念を押された。

 亜由子はあっと気づいた。居酒屋の男性はこの連中とグルかもしれないが、男性は何度も亜由子に合図を送ってくれていた。

「絶対に公開してはだめだよ」
「絶対に、公開してはだめだよ」
「絶対にね、後悔してはだめだよ」

 あの時男性は、亜由子を止めてくれていたのかもしれない。注意深く聞いていたなら、ここには来なかったはずだし、あの時ワゴン車にも乗らなかっただろう。一人で歩き、お花畑なんて無いじゃん! と文句を言って終わるだけのことだったはずだ。

 軽薄な考えの亜由子は、目先の欲求に勝てず、騙されたのだ。亜由子はライターになりたい夢も、嫌で辞めた派遣会社の仕事も、中途半端になったブログも、遠い世界のように感じた。そして、自分の浅はかさを省みて、心が砂のように乾燥し、さらさらと風に消えていくのを感じた。心が、現状に耐えられなくなったらしい。これから毎日、見ず知らずの男たちから蹂躙されることが亜由子にとってただただ恐ろしかった。

 正気を保つために頭の中に「ひみつの花園」を思い浮かべてはうつくしい文章をつくり、花の色を変えてはまた新しい文章をつくっていた。ぶつぶつと花の姿かたちを表現する亜由子の口元からは、一筋のよだれが垂れていた。


☆END☆


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